誓いのフィナーレ 考察・吹奏楽部員のドラマについて
劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~公開から二週間が経ちました。
テレビシリーズから安定感のある、人間模様の描写と甘酸っぱい青春の詰まったユーフォシリーズらしさを感じる今作でしたね。
2回、3回と劇場に足を運ぶための手助けとして、ここでは作品の考察とともに1回の鑑賞で終わらせて欲しくないこの作品の魅力について書いていこうと思います。
※※※以下の作品に関するネタバレが含まれます※※※
- 劇場版 響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~
- リズと青い鳥
- 小説:響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話 ※一部台詞引用
今作で特筆すべき点として、北宇治高校吹奏楽部員のドラマが作中に散らばめられています。
冒頭から幾度となく現れる特徴的なカメラ演出から、部員全員を見せようという趣旨が感じ取れる作品であることが分かりますが、一度見ただけでは全てを拾いきることが出来ません。ここでは、作中の本筋で描かれずとも、たしかに存在する部員一人ひとりのドラマにスポットを当てて紹介していきます。
チームもなか
瞳ララ
彼女は入学してからホルンを始めた初心者です。部内屈指の情報通(テレビシリーズでは高坂麗奈と滝昇の関係を暴いていました)であるという特徴的な彼女ですが、テレビシリーズまででは初心者であることとホルンパートの方針も相まってなかなか上達しない日々を過ごしていました。
今作では、楽器選びのシーンで彼女が1年生の土屋響にホルンを教えている様子が確認出来ます。教えてもらうことが出来ず伸び悩んでいた彼女が成長して後輩に教えているのです。
そして、彼女はコンクールに参加しています。メンバーとして演奏しています。
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
森田しのぶ
サックスパートの3年生。前年度二年生だった彼女はコンクールメンバーから外れてしまいました。今作では3年生になっておりお祭りでは加部友恵・加藤葉月と仲良く屋台を回っている姿が描かれていますね。
彼女もコンクールメンバーになっていますが、そのほかにも成長を伺えるシーンがあります。オーディションが終わった後の練習でサックスパートの後輩に「森田先輩ここなんですけど」と頼りにされているシーンが描かれています。
また、彼女を取り巻くドラマにはもうひとつ何かがある可能性があります。今作のキーである久石奏の過去を回想するシーンで中学校の写真が描かれていますが、上から3列目の一番左の写真に彼女が写っています。髪型や顔つきが似ているだけなら別人の可能性がありますが、彼女と同じようにサックスを持っていることが確認できます。奏とはパートが違うことから直接過去の問題に関わったりしているわけではないと考えられますが意味深ですね。
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
新一年生
滝野さやか
「憧れてましたので…」カメラ演出で滝昇に対して喋っていた彼女。一緒に映ってピースをするのは兄の滝野純一。これだけで兄妹の仲の良さが分かります。
完全な初心者で、お昼休みに加部ちゃん先輩に教えてもらっているシーンがあるほか、加部ちゃん先輩のノートにも一瞬登場します。(閉じる瞬間が見える)
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
小日向夢
加部友恵
加部ちゃん先輩のノート
作中では久美子が加部ちゃん先輩のノートを覗くシーンがありますが、そこに書かれているのはホルンパートの後輩です。
違うパートの後輩に対して事細かに記されていることから加部ちゃん先輩の面倒見のよさが分かります。
また、原作でもノートの描写はありますが4月時点のものになっており、今作の内容とは全く異なります。同じ人物について書いてあるので原作を持っていると4月~5月の成長が伺えます。
土屋響さん(ホルン)
5月9日
サンフェスでは自分も演奏したかったようで、練習にも熱が入っている。
練習のしすぎは良くないので要注意。
5月10日
今日は終始ピッチが合っていなかったようだ。すぐ口がバテてしまうので
息継ぎの練習を重点的に行った。
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
マネージャーへの転向について
マネージャーへの転向を報告する際に、部員の様子が映し出されるわけですが、彼女と関わりの深い生徒が他の生徒に比べて悲しそうな表情や驚きを露にしているのが確認できます。それが上に書いているチームもなかの面々と新一年生です。彼女の面倒見のよさと、チームもなかの仲間たちとの絆を表す印象的なシーンとなっていました。
リズと青い鳥
麗奈の心情
リズと青い鳥に関して、麗奈は様々な思いを抱いています。リズと青い鳥自体に久美子との関係を重ね合わせている面が大吉山で描かれていましたが、ここでは課題曲発表時の表情について書きます。
「課題曲はマーチ スカイブルードリーム。自由曲はリズと青い鳥です。」滝昇の発言に表情を曇らせる彼女がいました。これは特別になりたい、一番になりたいと願う彼女に対して、滝昇が北宇治の最大戦力が鎧塚みぞれであるという事実を突きつけた瞬間であるからです。課題曲でトランペットの見せ場はありますが、コンクールでは演奏時間のほとんどをオーボエとフルートが主役であるリズと青い鳥に当てています。
リズと青い鳥で彼女がみぞれに発した言葉は、みぞれを不器用な彼女なりに励ましたとともに、自分より優れた演奏者である鎧塚みぞれの本当の実力を最大限発揮してほしいという思いが込められているのだと感じます。
「私は先輩の本気の音が聴きたいんです。」
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
傘木希美と鎧塚みぞれ
あがた祭りで麗奈の吹くリズと青い鳥とともに南中カルテットが射的で仲良く遊ぶシーンを見て涙ぐんだ人も少なくないと思いますが、このシーンは一瞬の出来事にも関わらず深い意味が隠されています。
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
射的の的は左から以下のようになっていました。
- ライオンのぬいぐるみ
- チョコレート
- アーモンド
希美が射的で落とす際のターゲットはチョコレートで、続けてみぞれが目を瞑りながら撃とうとするシーンが描かれていますね。
希美の子供の頃の将来の夢は”ライオンと結婚すること”。そんな彼女が選んだのはライオンではなくその隣のチョコレートで、彼女はしかもそれをなんなく落としてしまいます。あがた祭りは時系列でいうとリズと青い鳥のピアノのシーンとほぼ同じ時期で、その時点で彼女の悩みが描かれていました。
「希美音大受けるんだ?」「うーんまあね。確定じゃないけど」
リズと青い鳥で悩みぬいて一般大学に進む道を選んだ彼女ですが、原作では彼女が葛藤の末に選んだ一般大学にあっさり合格する少し先の様子が描かれています。希美は不器用なところと器用なところの差が激しいわけですね。
つまりこのシーンでは葛藤する彼女が選択する未来と彼女自身の性質を一瞬で表現しています。そして、射的を怖がって目を閉じているように見えるみぞれは、その事実から目を背けているというわけです。
誓いのフィナーレの中でリズと青い鳥を3秒に凝縮したようなシーンであったといえるでしょう。
北宇治高校吹奏楽部 部長と副部長について
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
そもそも何故吉川優子が部長なのか。彼女を語るうえでこれは外せません。
「だってさぁ、あの子は部長以外やれないでしょ。」
「どういう意味?」
「そのままの意味。よくも悪くもカリスマ性がありすぎんねんなぁ、あの子。トップ以外の場所に立つと、支持を集めすぎてトップが機能しいひんくなる。ひと言でまとめると、部活クラッシャーってこと。本人は無自覚やろうけど」
出典:
響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部のホントの話 宝島社
彼女は部長としての資質を持っています。ただしそれは、人を動かす力を持っているという資質です。だから部長をやらなければならなくなったわけですが、それとは別に彼女が持っている性質に"どこまでも他人のために尽くせる(尽くしてしまう)"というものがあります。トランペットソロを巡る騒動・みぞれと希美の騒動で彼女は一貫して誰かのために尽力していました。
部長となった優子が誰かのために全力で尽力してしまったらどうなるか。彼女は朝起きてから夜寝るまで常に北宇治高校吹奏楽部のために尽力してしまうようになったわけです。過労で倒れかねないほどに。だから副部長として中川夏紀が選ばれました。優子が無理をして倒れそうになったら殴ってでも休ませる。優子が暴走しそうになったら対等な立場から彼女を止める。優子が泣きそうなときは彼女のそばにいる。
「あんたは部活から一回頭離しな」
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
コンクールの後泣き崩れる彼女の様子が描かれていますがそれは彼女の苦労と悔しさの反動で、到底立ち直れるものではなかったのでしょう。彼女は以前にも中学時代のコンクールの結果は未だに納得がいっていないということを久美子に語ったこともあります。おそらく今回も自分自身では納得がしていないんだと思います。それでも彼女は部員の前に笑顔で顔を出すわけですね。
「北宇治はもっと良くなる。もっともっと強くなる!だから顔を上げて!」
悔しさを押し殺してなおこの言葉を紡ぐことの出来る、人のために尽力できる彼女らしさ。今作で描かれる優子と夏紀の関係、そして優子のキャラクターとしての魅力の描かれ方はまさしくシリーズ屈指の名シーンであったと思います。
実はこのシーン、優子が来る前から夏紀がトロフィーを持って先生方と一緒にいるのが確認できます。崩れ落ちた優子は夏紀に支えられて立ち直りはしたものの、それでもみんなの前に立って部長として振舞うための準備の時間が必要であったのでしょう。
コンクールについて
ユーフォシリーズの演奏シーン
コンクールを語るうえで欠かせないユーフォシリーズの演出についてまずは記載していきます。
テレビシリーズからリズと青い鳥まで幅広い演奏シーンがありますが、演奏シーンには大きくて分けて二つのパターンがあります。
※あえて監督の名前で記載していますが他の方も同様
絵コンテの段階で映像が切り替わるタイミングが決まっているので、クレジットに記載されている絵コンテが誰なのかが目印になります。
楽器を吹く前に息を吸い、そこから音を鳴らすわけですがその際に映像の切り替わるタイミングが違うということです。
トロンボーン→トランペットとパートが切り替わるシーンがあったとします。
1ではトランペットの鳴り始めからカメラが切り替わるのですが、2ではトランペットの息継ぎからカメラが切り替わります。
分かりやすいところでいうと、テレビシリーズや届けたいメロディで描かれている「三日月の舞」の演奏シーンと映画「リズと青い鳥」の作中全般のシーンが山田尚子の方式で、その他すべての演奏シーンは石原立也方式になっています。第一、第二楽章でどのように映像が切り替わっているか確認してみてください。
リズと青い鳥 第三楽章「愛ゆえの決断」
今作の演奏シーンは石原立也方式で音とともに画面が切り替わるようになっており、スタッフロールにも「絵コンテ:石原立也」という記載があります。特に第一楽章、第二楽章はド迫力な演奏シーンとなっていることが確認できるわけですが、例外があります。
実は第三楽章が始まる瞬間だけ山田尚子方式に切り替わります。みぞれと希美が主役になる瞬間だけリズと青い鳥の監督である山田尚子方式になる。つまりその瞬間だけはリズと青い鳥という映画そのものを演出していることが分かります。
それだけではありません。その瞬間息を吸うのはみぞれと希美の二人であり、二人を同時に映し、同時に息を吸う様子が見てとれます。文字通り息の合った二人を確認できるわけです。
リズと青い鳥という映画では、すれ違っていた二人がお互いの道を指し示したことでずれていた歯車が動き出し、最後は少しずつ二人の足音が重なり始めるところで幕を引きました。そんな彼女たちの息が重なる瞬間、涙が止まりませんでした。
「みぞれのソロ完璧に支えるから。今はちょっと待ってて。」
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
ちなみに上記の瞬間だけでなく、第二楽章でも一度だけ山田尚子方式に切り替わるシーンがあります。それはファゴットの二人が二回目に映るシーンです。リズと青い鳥でお馴染みのダブルリードの会の二人ですね。
リズと青い鳥 第四楽章「遠き空へ」
第三楽章では前述の部分を除いたほとんどの箇所で鎧塚みぞれが描かれており、ほぼ彼女の独壇場ともいえました。何故希美は第三楽章ではなく第四楽章のほうが多く描かれているのか。その答えは映画「リズと青い鳥」のラストにあると考えています。
リズと青い鳥が逆転した瞬間からみぞれ=鳥となり、希美はみぞれにメッセージを残しました。
「はばたけ!」
しかしこの作品で将来への結論を出したのはみぞれだけではありません。図書室で勉強をしている希美の後ろにも羽ばたく鳥の様子が描かれています。彼女が羽ばたく予兆ともいえるこのシーンの延長が今回の演奏シーンなのだと思います。『第四楽章「遠き空へ」』は青い鳥が羽ばたいた後の物語。みぞれだけでなく希美が羽ばたくというその様子を今回は描いています。
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
剣崎梨々花の涙について
第四楽章で葉月、加部ちゃん先輩、梨々花の三人が涙を流しながら演奏を見守っているシーンがあります。一年生で泣いているのは梨々花だけでしたが、彼女が涙を流している理由は「大好きなみぞれ先輩が頑張っているから」という理由だけではないと思います。
作中では描かれていませんが、梨々花は作中屈指の洞察力を持っています。久石奏のいう一歩引いた立ち位置から物事を見るということですね。原作「波乱の第二楽章」では奏が夏紀に対してとる態度への違和感について、同じパートである久美子より先に異変に気付き、久美子に悟らせるためにわざと夏紀の名前を出して会話をするということをやってのけています。また、彼女が先輩に対して行うほんわかした愛嬌のある喋り方も、奏の猫かぶりのような態度よりウケが良いということを奏本人に話しているような描写があります。
映画「リズと青い鳥」の彼女のイメージからは想像しにくいですが、彼女のこういった一面はリズと青い鳥でも描かれていました。希美に相談を持ちかける彼女ですが、返答内容に納得がいかず首を傾げていますね。希美とみぞれの関係の歪さに気付いたわけです。
©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
おそらく彼女はこのコンクールまでの間に希美とみぞれの間に起きたことを知っているのではないかと思います。彼女の流した涙は同じパートの先輩ではなく「リズと青い鳥」を経て答えを出し、成長した鎧塚みぞれに向けた涙だったのではないかと。
まとめ
今回はあまり描かれていないが確かに存在する部員達の物語と演奏シーンの描かれ方を一部紹介しました。この映画の最大の魅力は、部員全員の物語とその結晶ともいえる演奏シーンだと感じています。ドラマの数だけ涙がある。リズと青い鳥というひとつの映画が紡いだ物語を2秒間の静寂と息継ぎで表現する。この奇跡の2秒間が存在するからこそ、今作はテレビシリーズではなく劇場版であるべきだと、劇場版でよかったと感じています。
今回書いてきた内容は一度見ただけでは確認することが難しいものだと思います。そして、微かな呼吸は映画館ではないと120%感じ取ることは出来ません。これを読んで少しでも気になった方、一度といわず二度三度劇場に足を運んでみませんか?
おまけ 佐々木梓について
久美子の中学時代の友人で立華高校に在籍してる彼女ですが、今作ではサンフェスのマーチング以外にも登場します。
久美子がファミレスで奏の相談を受けているときに、窓の外で自転車に乗る彼女の姿を確認できます。
しかし、後ろ姿だけではそれが彼女かどうかは分かりません。実は彼女が映った後にファミレスのメニューが映るわけですがそこには「新じゃが チーズグラタン」の文字が。じゃがいもは彼女の大好物であるため、メニューで彼女が佐々木梓であるということを後押しするという演出がなされています。